2017年 ブルガリア解放記念日

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Googleロゴ

2017年3月3日

この日、「ブルガリア」でGoogle検索のロゴが以下のものに変更されています。

Честит трети март

ロゴ大

ロゴ小

表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

ブルガリア

解放記念日

解放記念日

ブルガリアでは、毎年、「3月3日」「解放記念日」とされています。国家の祝日とされています。

「1878年3月3日」に「オスマン帝国」から解放された日が由来となっています。

古くはギリシャやローマ帝国領でしたが、7世紀後半に「ブルガール人」が「ブルガリア帝国」を建国します。

一時、東ローマ帝国の傘下に入ることもありましたが、14世紀後半まで存続します。

14世紀中頃から「オスマン帝国」の侵攻を受け、「1396年」に全ての領土が「オスマン帝国」に併合されてしまいます。

「オスマン帝国」は多民族の国家であり、19世紀になると、各民族で民族主義の活動が活発になっていきます。また、「オスマン帝国」も少しずつ国力に陰りが見え始めてきたころでした。

このことを受け、「ロシア」が「オスマン帝国」に侵攻、これに端を発して、ヨーロッパ諸国を巻き込んだ「クリミア戦争」に発展します。

クリミア戦争は「オスマン帝国」側が勝利し、1876年の「パリ条約」でロシアは領土の一部を失いました。

クリミア戦争に乗じてブルガリアでも大規模な反乱が発生しましたが、鎮圧され、多くのブルガリア人が犠牲となりました。

これを受けて、戦火は一旦落ち着くかと思われました。

ところが翌年1877年、今度は「ロシア」と「オスマン帝国」の間で「露土戦争」が勃発。

この戦争は、ブルガリアをはじめとする諸民族が「オスマン帝国」の支配に対して反乱を起こし、それをロシアが援助する形で戦争が始まりました。

この戦争は「ロシア」側の勝利に終わります。

戦後の「サン・ステファノ条約」で、「セルビア」、「モンテネグロ」、「ルーマニア」の各国が独立、「ブルガリア」は自治権を認められました。

この「サン・ステファノ条約」が締結されたのが「1878年3月3日」で、「解放記念日」の由来となっています。

その後、「オスマン帝国」で発生した政変を契機に「1908年9月22日」に独立宣言を行います。

翌年「1909年4月19日」に「オスマン帝国」も独立を認め、正式に独立国となりました。

この日は、オスマン帝国と戦った人達を追悼する式典が行われ、また、各地で自由を祝福する様々なイベントが開催されます。

この日が国家の祝日と制定されたのは「1978年」のことです。

ロゴデザイン

ブルガリアの国旗のカラーがベースになっています。

中央にブルガリア国旗が描かれ、「Google」の文字も見受けられます。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 ブルガリアのGoogleサイト:Трети март
 → https://www.google.bg

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「3月3日」です。

過去の「Googleロゴ」

過去にも「ブルガリア解放記念日」のロゴが表示されました。

 2015年 ブルガリア解放記念日 (2015年3月3日)

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