メアリー ピックフォード 生誕125周年

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2017年4月8日

この日、「カナダ」、「アメリカ」でGoogle検索のロゴが以下のものに変更されています。

Mary Pickford’s 125th birthday

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表示された国

カナダ、アメリカ

「メアリー・ピックフォード」さんって??

Mary Pickford:メアリー・ピックフォード

サイレント映画時代のスターです。

「1892年4月8日」に生まれて、「1979年5月29日」に逝去されています。

そのため、生誕125周年になります。

カナダのトロントで生まれた彼女は、劇団で子役として活躍します。

6歳の時に父親が亡くなり、母親が劇団のマネージャーをしていたことから舞台に立つようになりました。

その後、1907年、ニューヨークに移り、ブロードウェイの舞台に立つようになりました。

その活躍に目を留めた「D・W・グリフィス」により、1909年、映画デビューします。

デビュー作は「D・W・グリフィス」監督の「Two Memories」です。

152cmと小柄で、金髪の巻き毛のロングヘアーの似合う彼女が演じる少女役はたちまち人気を博し、「アメリカの恋人:American Sweet Heart」と称されるまでになりました。

1919年、「チャールズ・チャップリン」、「ダグラス・フェアバンクス」、「D・W・グリフィス」と共に、映画配給会社「ユナイテッド・アーティスツ」を設立。

同社の映画である「青春の夢:Pollyanna」や「小公子:Little Lord Fauntleroy」に主演しました。

年を経ても、演技を求められるのは少女の役ばかりであり、それに嫌気がさしたのか、1933年の「秘密:Secrets」を最後に女優を引退します。

引退前の1929年にはトレード・マークでもあった巻き毛のロングヘアーを短く切り、イメージチェンジを図り「コケット:Coquette」に出演しています。

この作品で「第2回アカデミー賞主演女優賞」を受賞しました。

女優引退後はプロデューサーとして映画製作に参加しました。

私生活では、1911年に俳優の「オーウェン・ムーア」と結婚。

1920年に離婚し、その年に映画スターの「ダグラス・フェアバンクス」と再婚しています。

1936年に再度離婚。翌年の1937年に12歳年下の俳優「チャールズ・バデイ・ロジャース」と再婚しました。

彼女の残した有名な言葉があります。

If you have made mistakes, even serious ones, there is always another chance for you. What we call failure is not the falling down but the staying down.

もし重大な失敗をおかしたとしても、別のチャンスがある。失敗というものは、転ぶことではない。転んだままでいることである。

現在でも色々な場面で使われています。

1927年に結成された「アカデミー賞」の選考等を行う「映画芸術科学アカデミー」の36名の創設会員の一人でもあり、映画史にその名をしっかりと刻んだ方です。

ロゴデザイン

「メアリー・ピックフォード」さんが描かれており、映画スターらしく、カメラを手にしています。

「Google」の文字も見受けられます。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 カナダのGoogleサイト:Mary Pickford
 → https://www.google.ca

 アメリカのGoogleサイト:Mary Pickford
 → https://www.google.com

検索される言葉は「メアリー・ピックフォード」です。

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