Susan La Flesche Picotte’s 152nd Birthday

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2017年6月17日

この日、「アメリカ」で、Google検索のロゴが以下のものに変更されています。

Susan La Flesche Picotte’s 152nd Birthday

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表示された国

アメリカ

「スーザン・ラ・フレスカ・ピコット」さんって??

Susan La Flesche Picotte:スーザン・ラ・フレスカ・ピコット

ネイティブアメリカン、オマハ族の医師です。女性の方です。

初のアメリカ先住民の医師としても広く知られています。

当時迫害されていたインディアンの権利向上のための活動も行いました。

「1865年6月17日」に生まれて、「1915年9月18日」に逝去されています。

そのため、生誕152周年となります。

彼女はネブラスカ州東部のインディアン居留地でオマハ族に生まれました。

白人との混血であった父親の影響で、インディアンの伝統に合わせて、欧米の文化も学びました。

当時はネイティブの子供達を家族から離し、白人社会に同化させようとする政策が始められおり、彼女もそれを利用し、学校(インディアン寄宿学校)で勉学に励みます。

その後、医師になる道に進み、インディアンとして初めて医学の学位を取得しました。

当時は女性を受け入れる医学学校はほとんど無く、1850年に設立されたペンシルバニアの女子医科大学でようやく受け入れられました。

学位取得後はオマハ族の居留地に戻り、部族への医療提供に勤めました。

また、医師として働きながら、インディアンの地位向上の活動も行いました。

当時のネイティブインディアンは政府の定めた「インディアン居留地」に強制移住させられており、形上は色々な権利が認められていましたが、実際は無視され、無いに等しいものでした。

強制移住により、病人や死者が続出する部族もありました。

それを受け、彼女は姉の「シュゼット」と共に白人相手に裁判を起こし、インディアン強制移住の違法を認めさせました。

それまではインディアンは人間として認められていませんでしたが、この裁判で「インディアンは人間である」と一文が判決文に添えられることになりました。

その後、1911年、彼女と同じく教育を受けたインディアン達により「アメリカ・インディアン協会」が設立され、その後のインディアンの権利について活動を行なっていきます。

彼女は、1913年には、オマハ族の生活する居留地に病院も設立しています。

政府の資金提供も行われていない中、各方面から資金を集めての設立でした。

ロゴデザイン

「スーザン・ラ・フレスカ・ピコット」さんが描かれています。

背景には「Google」の文字と、左側には彼女の学んだ女子医科大学、右側には彼女の設立した病院が描かれています。

彼女の設立した病院は現在では彼女の名をとって「Dr. Susan LaFlesche Picotte Memorial Hospital」と名付けられています。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 アメリカのGoogleサイト:Susan La Flesche Picotte
 → https://www.google.com

検索される言葉は「スーザン・ラ・フレスカ・ピコット」です。

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