ヴィクトル ユーゴーを称えて

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Googleロゴ

2017年6月30日

この日、「フランス」をはじめとしてたくさんの国で、Google検索のロゴが以下のものに変更されています。

En l’honneur de Victor Hugo

Celebrating Victor Hugo

ヴィクトル ユーゴーを祝福!

ロゴ大

ロゴ小

スライドショー式のロゴで、以下のサイトで確認できます。

 https://www.google.com/doodles/celebrating-victor-hugo

表示された国

「フランス」をはじめとしてたくさんの国で表示されています。

「ヴィクトル・ユーゴー」さんって??

Victor-Marie Hugo:ヴィクトル・ユーゴー

フランスの詩人、小説家です。

「1802年2月26日」に生まれて、「1885年5月22日」に逝去されています。

彼の代表作でもある「レ・ミゼラブル」の後編にあたる「4部」と「5部」が出版された日が、「1856年6月30日」であり、その日に合わせてのロゴ変更です。

軍人の父親と資産家の母親の元、フランスで生まれます。

幼少時はヨーロッパ各地を転々とします。

1814年、パリで寄宿学校に入ります。

17歳の時に、アカデミー・フランセーズ(国立学術団体)主催の詩のコンクールで1位を取り、詩集も発行しました。

その後は、当時のヨーロッパで広がっていたロマン主義を代表する人物として活躍します。

詩や小説を数多く発表します。

1825年には、若干23歳で「レジオンドヌール勲章」を授与されます。

発表した戯曲が上演され、人気作家となっていきます。

1837年、フランスの王太子の結婚式に参加します。これは、王太子の公妃が「ユーゴー」のファンだったため招待されました。

このことが契機となって、王族との親交も深くなっていきました。

1845年になると、フランス王「ルイ・フィリップ」から、子爵の位を授けられ、政治活動も担うようになりました。

そんな矢先の1848年、フランスでは革命が発生。

フランス王「ルイ・フィリップ」はイギリスへ亡命。

フランスは「第二共和政」へ移行しましたが、彼は、フランスに残り政治活動を続けました。

その後、フランスは、「第二共和政」から「ナポレオン3世」による独裁政権へと移行します。

「ユーゴー」は当初は「ナポレオン3世」の支持者でしたが、独裁的になっていくうちに反対派へと移行していました。

独裁政権へと移行すると、反対派の弾圧が始まり、「ユーゴー」もベルギーへ亡命を余儀なくされました。

「49歳」にしての亡命でした。

1851年12月に亡命をし、フランスへ帰国したのは「ナポレオン3世」が失脚した1870年。(68歳)

結果として19年にも及ぶ亡命生活となりました。

この間に、彼の代表作「レ・ミゼラブル」が生み出されました。

「レ・ミゼラブル」は、ナポレオン没落後の1815年からルイ・フィリップ王時代の1833年までの18年間を描いており、当時のフランスの社会情勢や民衆の様子などが描かれたフランスロマン主義を代表する作品とされています。

「1885年5月22日」にパリで死去、享年83歳。

国葬が行われました。

ロゴデザイン

「ヴィクトル・ユーゴー」さんの作品、活動がスライドショー形式で表示されます。

ロゴは、以下のサイトで確認できます。

 https://www.google.com/doodles/celebrating-victor-hugo

 1831年ノートルダム・ド・パリ 発表

 1856年ベルギーへ亡命静観詩集 発表

 1862年レ・ミゼラブル 発表

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 フランスのGoogleサイト:Victor Hugo
 → https://www.google.fr

 チェコのGoogleサイト:Victor Hugo
 → https://www.google.cz

 セルビアのGoogleサイト:Виктор Иго
 → https://www.google.rs

 日本のGoogleサイト:ヴィクトル ユーゴー
 → https://www.google.co.jp

検索される言葉は「ヴィクトル・ユーゴー」です。

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コメント

  1. 中田雅之 より:

    今日は、会えないですか。