2017年 ベトナム建国記念日

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Googleロゴ

2017年9月2日

この日、「ベトナム」でGoogle検索のロゴが以下のものに変更されています。

Mừng Ngày Quốc Khánh Việt Nam

ロゴ大

ロゴ小

表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

ベトナム

建国記念日

Ngày Quốc Khánh:建国記念日

「9月2日」はベトナムの「建国記念日」です。

「1945年9月2日」に独立宣言をし、ベトナム民主共和国を樹立しました。

ベトナムの地には、古くから人類が生息していました。

現在のベトナムの中央の地域は「チャンパ王国」、南の地域は「クメール王国」等が栄えていましたが、北の地域は中国に近いことからたくさんの王朝が入れ替わり支配をしていました。

19世紀中頃になると、インドシナ地域に、フランスの侵略がはじまります。

1887年10月には「フランス領インドシナ連邦」の一部となり、フランスの植民地となってしまいます。

植民地化された頃から、独立運動は行われていましたが、フランスの支配を覆すまでには発展しませんでした。

そして、1905年、日露戦争で日本がロシアに勝利します。

小国の日本が大国のロシアに勝ったため、1905年、ベトナムの独立運動家が独立の援助を日本に求めていますが、日本はこれを拒否しています。

1920年代になると、「ホー・チ・ミン」さんが民族運動を主導するようになります。

その後、第2次世界大戦が始まります。

1940年、ドイツ軍のフランス本国への侵攻により、フランスは敗北、独仏休戦協定を結びます。

これに乗じて日本軍も敗北したフランス政府の合意の元に「フランス領インドシナ連邦」に進駐します。

インドシナ地域は、形式上はフランスの植民地ですが、ドイツと同じ枢軸国側の日本が進駐して、目を光らせていたという状況です。

その頃はまだ枢軸国側が有利に戦闘をすすめていましたが、次第に連合国側が盛り返してきます。

1945年、日本は「連合国」の反撃にそなえ、植民地軍(インドシナ)と共同で迎撃することを望みますが、フランス側は拒否。

インドシナで日本とフランス軍の戦闘に発展します。

この戦闘の結果は日本の勝利。この勝利により、インドシナは日本が支配することなりました。

日本の支配の元、1945年3月11日に独立宣言をし「ベトナム王国」が誕生します。もちろん、日本の傀儡政権です。

ところが、その直後の8月15日、日本は敗戦。

インドシナ方面から軍を全て引き上げます。

日本が引き上げたことで、再度、フランスの支配下に治まるかと思われましたが、「ホー・チ・ミン」さん率いるベトナム独立同盟は、これを良しとせず、ハノイを占拠、9月2日に「ベトナム民主共和国」の樹立を宣言しました。

この日が建国記念日の由来となっています。

この9月2日は、日本政府がポツダム宣言に調印した日でもあります。

「ホー・チ・ミン」さんは、フランスや日本の支配時代も民族の独立を求めて活動していました。

独立宣言を行ったまではよかったのですが、元の支配国フランスを始め、戦勝国である同盟国側は独立を認めませんでした。

そのため、インドシナ戦争、ベトナム戦争と続いて行くことになります。

現在の政権「ベトナム社会主義共和国」が設立するのは1976年のことです。

ロゴデザイン

「Google」の文字の中に描かれているのはハノイにある「奎文閣:けいぶんかく」です。

孔子を祀るために建立された「孔子廟」の中にあり、ハノイのシンボルともされており、10万ドン紙幣にも描かれています。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 ベトナムのGoogleサイト:Ngày Quốc Khánh Việt Nam
 → https://www.google.com.vn

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「ベトナム建国記念日」です。

過去の「Googleロゴ」

過去にもベトナムの「建国記念日」のロゴが表示されました。

 2016年 ベトナム建国記念日 (2016年9月2日)

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