2015年 教師の日(ニカラグア)

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2015年6月29日

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ニカラグア

教師の日の由来

ニカラグアの「教師の日」は毎年6月29日です。

この日の由来はニカラグアで教師をしていた「Enmanuel Mongalo」(エンマヌエル・モンガーロ)さんに深く関わっています。

1834年6月21日生まれ、1872年2月1日に逝去されています。

コロンブスのアメリカ大陸発展から、アメリカ大陸はヨーロッパ人の侵略されます。

ニカラグアも例外ではなく、スペインの植民地となります。

19世紀になると、植民地にて独立の気運が高まります。それに相まってヨーロッパでのナポレオンの侵略による混乱で、スペイン支配から解放されます。

植民地からの解放はされましたが、先住民族と、移住してきたスペイン人達との間で争いは絶えず、混乱した状況が続きます。(自由党と保守党の争い)

自由党側は、争いを集結させるために援軍を求めます。これが「1855年」のこと。

求めたのは、アメリカ出身の傭兵、「ウィリアム・ウォーカー」さん。ニカラグアに上陸するなり快進撃を続け、瞬く間に実権を掌握します。

1856年には大統領になり、英語の公用語化、黒人奴隷制の復活、アメリカ人に有利な法律の制定など、好き放題やりはじめます。

もちろん、こんな状況に反対する人達は反対運動を起こします。

その中に「エンマヌエル・モンガーロ」さんもいました。

権力者、議会を相手にして、学校教育の振興や発展の為に立ち向かったそうです。

「ウィリアム・ウォーカー」さんのニカラグア上陸から1857年のアメリカへの帰国まで、1855〜1857の間、圧政と戦ったようです。

特に「1855年6月29日」に行われた最初の戦いは「リバスの戦い」という名称でも知られています。

また、隣国「コスタリカ」も国民運動を起こしました。
(ウォーカーのニカラグア掌握に反発したコスタリカの国民運動)

1857年の「ウィリアム・ウォーカー」さんのアメリカへの帰国については隣国「コスタリカ」の貢献度もかなり大きいものでした。

「エンマヌエル・モンガーロ」さんは現在では「ニカラグアの国民的英雄」とされています。

1977年11月9日にニカラグア政府は、「リバスの戦い」が行われた「6月29日」を「教師の日」とすることを定めています。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

ニカラグアのGoogleサイト「Día del maestro」
 → https://www.google.com.ni

検索される言葉は「教師の日」です。

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