2015年 教師の日(ドミニカ共和国)

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2015年6月30日

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ドミニカ共和国

教師の日の由来

ドミニカ共和国の「教師の日」は毎年6月30日です。

ドミニカ共和国の政治家「Juan Bosch」(ファン・ボッシュ)さんの誕生日に由来します。

1909年6月30日に生まれ、2001年11月1日に逝去されています。

「ファン・ボッシュ」さんがどのような方かというと、、、

19世紀末のドミニカ共和国は「ウリセス・ウーロー」大統領が独裁政治を行っていましたが、そこで大きく借金を抱えてしまいます。

国の借金を返せないので、アメリカからの「50年にわたりドミニカ共和国の関税徴収を行う代わりに債務返済の保証をする」という提案を受け入れ、事実上、アメリカの保護国となります。

そんな状況の1930年に「ラファエル・トルヒーヨ」さんが、クーデターを起こします。

独裁制でしたが、国家の近代化が図られ、年金制度の導入、住宅地や公共の医療機関、交通網などの拡張、改善がみられ経済は大きく発展します。

国の借金についても1940年に返済完了してしまいます。

その一方で、国家のめぼしい産業は全て一族に支配させたり、多くの政敵や批判者を国外に追放したりなども行っています。

特に個人崇拝を強いる傾向が強く、首都はトルヒーヨ市と改称され、市内にはトルヒーヨの像がたくさん建立されました。

「ラファエル・トルヒーヨ」さんの独裁は31年間続きます。

この独裁制に米州機構(南北アメリカの国々の平和と安全保障・紛争の平和解決等を行う機構)が「トルヒーヨ非難決議」を採択します。

これにより、反トルヒーヨ運動が高まり、「ラファエル・トルヒーヨ」さんは暗殺されてしまいます。

その後、1962年に30年ぶりに大統領選挙が行われ、「ファン・ボッシュ」さんが大統領になります。

1963年には「民主的な憲法」を施行し社会改革の実践を進めていたのですが、その改革があまりにも民主的だったため、保守的な軍部や警察のクーデターにより、追放されてしまいます。

「ボッシュ」の追放後、またまた軍部による独裁政権が発足するわけですが、その政治は「トルヒーヨ」時代よりも悪かったといいます。1963年の民主的な憲法も廃止されてしまいます。

こんな状況ですから、「1963年の民主的な憲法」の復活を求める動きがでてきます。

そして、ドミニカは独裁政権と改革派との内戦になります。

この内戦はアメリカの介入で収まります。

迎えた1966年、「ファン・ボッシュ」さんが帰国、大統領選挙に出馬します。

帰国時にはたくさんの市民が出迎えたといいます。

この選挙で軍部支持の「ホアキン・バラゲール」さんに負けてしまいます。

「ホアキン・バラゲール」さんは、3期12年に渡って大統領を務めます。

破れた「ボッシュ」さんはスペインに亡命しますが、1970年に帰国し、「バラゲール」さんの独裁に対抗するため、1973年にドミニカ解放党(PLD)を立ち上げます。

その後、1978年、1982年、1986年、1990年、1994年と大統領に出馬されています。(すべて負けているのですが。)

このようないきさつから「ファン・ボッシュ」さんはドミニカ共和国の自由と反帝国主義の象徴となっています。

そのため、「教師の日」が彼の誕生日にされているのでしょう。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

ドミニカ共和国のGoogleサイト「Día del maestro」
 → https://www.google.com.do

検索される言葉は「教師の日」です。

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