オランダ王室 誕生200周年

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2015年9月26日

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オランダ

オランダ王室について

現在のオランダ王室は「オラニエ=ナッサウ家」です。

元はドイツ西部のライン地方を発祥とする諸侯の家系である「ナッサウ家」の支流です。

16世紀、ネーデルランド諸国(現在のオランダ、ベルギー、ルクセンブルク辺りの地域)はスペインの支配下にありました。

1568年、ネーデルラント諸州がスペインに対して反乱を起こします。

このネーデルラント諸州とスペインとの争いは1648年まで続きます。(八十年戦争)

この争いの勃発時の中心となったのが「オラニエ=ナッサウ家」の「ウィレム1世」です。

その後の80年間の争いの中で、「オラニエ=ナッサウ家」はネーデルランド諸国の総督として、中心的な位置にいました。

そして1648年の「ミュンスター条約」でスペインは「ネーデルラント連邦共和国」の独立を承認します。

「オラニエ=ナッサウ家」は「ネーデルラント連邦共和国」の総督として事実的に国を治めていきます。

ところが、18世紀になるとフランスで「フランス革命」が起こります。

王政や貴族主義に反発する市民の革命です。

その影響は「ネーデルラント連邦共和国」にまで及びます。

革命の余波は抑えきれずに、フランス軍の侵攻を受けて連邦共和国は崩壊し、「ウィレム5世」は総督の座を追われてしまいます。

「オラニエ=ナッサウ家」の支配もあまり評判はよくなかったようですね。

この時の「フランス軍」による「オラニエ=ナッサウ家」からの支配の解放は、かなり歓迎されたようです。

その後、フランスでは「ナポレオン」が登場します。

「ナポレオン」は、弟を「オランダ王」にするようなことを行っていたため、オランダ国内ではフランスに対する不満が募って行きます。

このことが「オラニエ=ナッサウ家」の復権のきっかけとなりました。

「ナポレオン戦争」終結後のヨーロッパの秩序再建と領土分割を目的とした、1814年から1815年にかけて行われた「ウィーン会議」で「オランダ王国」が成立します。

その国王に「オラニエ=ナッサウ家」の「ウィレム1世」が即位しました。(八十年戦争のときの「ウィレム1世」とは別人です。)

王室 200周年

「ウィーン会議」で「ウィレム1世」が「オランダ王国」の国王に即位したのが1815年のこと。

そのため、今年で「200年」となるところですが、、、、

実は、「ウィーン会議」の開催される前の「1813年」、オランダからフランス軍が撤退したあとに、当時の臨時政府から君主として迎えられています。

正式に認められたのが「1815年」のことです。

「オランダ王国」設立から「200年」、その前の臨時政府時代を入れると「202年」ということになります。

この辺はあまり気にしないでおきましょう。

こういう事情もあり、オランダでは、2013年11月からオランダ王室200年を迎えるイベントが行われています。

2年前の2013年に「王室200年」を迎えるにあたって前女王「ベアトリクス女王」が現国王「ウィレム=アレクサンダー」に王位を譲位するといった話題もありました。

その最終イベントに当たる日が本日2015年9月26日です。そのため、ロゴが表記されているものと思われます。

アムステルダムの王立カレ劇場で200周年最後のイベントが行われるそうです。

本日の最終イベントは現国王「ウィレム=アレクサンダー」夫妻、前女王「ベアトリクス女王」をはじめ、多くの招待客を招き公式式典を開催するそうです。

ロゴデザイン

イラストは「オランダ国旗」をモチーフにしています。

王冠があり、200周年の「200」の文字があります。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

オランダのGoogleサイト「200 jaar koninkrijk」
 → https://www.google.nl

検索される言葉は、「王国200年」です。

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