2018年 ネパール共和国記念日

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Googleロゴ

2018年5月29日

この日、「ネパール」でGoogle検索のロゴが以下のものに変更されています。

नेपाल गणतन्त्र दिवस २०७५

ロゴ大

ロゴ小

表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

ネパール

共和国記念日

गणतन्त्र दिवस:共和国記念日

ネパールは「2008年5月28日」に王制を廃止し連邦民主共和制への移行を宣言しています。

その日が「共和国記念日:गणतन्त्र दिवस」とされています。

この日は「移動祝日」とされており、年によって変化することがあります。

今年(2017年)は「5月29日」となります。

共和制に移行する前は「ネパール王国」でした。

13世紀頃より「マッラ朝」がこの地を支配し、15世紀末に「ヤクシャ・マッラ」が国王になると、王国は最盛期を迎えます。

ところが、1482年に国王が死亡すると、3人の王子達により国が3つに分かれてしまいます。

「カトマンズ・マッラ朝」、「バクタプル・マッラ朝」、「パタン・マッラ朝」の3つ。

しばらくは3つの国の並立状態が続いていましたが、「ゴルカ王国」の「プリトビ・ナラヤン・シャハ」によって、3つの国は滅ぼされます。(1769年にマッラ朝は終焉)

1768年に「プリトビ・ナラヤン・シャハ」はネパール王国を築き、初代君主となります。

その後、ネパール王国は1816年に東インド会社を通じて領土拡大を目指していたイギリスと戦争を行い、負けてしまいます。

その結果、イギリスの保護領となりました。

1923年にイギリスから独立を回復しますが、その時の実権は国王の「シャハ家」ではなく、宰相であった「ラナ家」が握っていました。

「シャハ家」が実権を取り戻したのは1951年のことです。

1990年代になると、「ビレンドラ・ビール・ビクラム・シャハ」国王が民主的な憲法の制定や、直接選挙による国会運営等の民主化を進めます。

ところが、2001年に「ネパール王族殺害事件」が発生。国王を初め、多くの王族が殺害されました。

たまたま不在だった国王の弟「ギャネンドラ・ビール・ビクラム・シャハ」が即位すると、兄が行ってきた民主化を否定します。

弟王は、議会を解散し、内閣の人選を自ら行うことで政府の実権を掌握します。

これに対して、ネパールで「ロクタントラ・アンドラン」という民主化運動が起こり、「2008年5月28日」の王制廃止に繋がって行きます。

この兄弟の王については、その政策の違いから、兄は現在でも国民に人気があり、弟は不人気という評価を得ているようです。

ロゴデザイン

ロゴには「ヒマラヤ山脈」の山が描かれています。

ネパール北部には「エベレスト」「カンチェンジュンガ」「ローツェ」等、世界最高峰が集中しています。

「Google」の文字も見受けられます。

本日のロゴのネパールでの表記は「नेपाल गणतन्त्र दिवस २०७५:ネパール共和国記念日 2075」となっています。

ネパールでは、「ビクラム暦」が採用されています。

「ビクラム暦」は、「紀元前57年」を紀元としているため、今年は「2075年」となっています。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 ネパールのGoogleサイト:नेपाल गणतन्त्र दिवस
 → https://www.google.com.np

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「5月26日」です。

→ 他の国のロゴを表示させる方法

過去の「Googleロゴ」

過去にもネパールの「共和国記念日」のロゴが表示されました。

 2017年 ネパール共和国記念日 (2015年5月26日)

 2016年 ネパール共和国記念日 (2015年5月28日)

 2015年 ネパール共和国記念日 (2015年5月29日)

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