フレーヤ・コラル 生誕108周年

役に立ったらシェアをお願いします

Googleロゴ

2018年6月12日

この日、「トルコ」でGoogle検索のロゴが以下のものに変更されています。

Füreya Koral’ın 108. Yaş Günü

ロゴ大

ロゴ小

表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

トルコ

「フレーヤ・コラル」さんって??

Orhan Veli Kanık:フレーヤ・コラル

トルコの女性陶芸家です。

アナトリアの古典的なデザインをモチーフにしたセラミック陶器は、西洋と東洋の芸術の融合という評価を得ました。

「1910年6月12日」に生まれて、「1997年8月26日」に逝去されています。

そのため、生誕108周年になります。

イスタンブールのプリンスィズ諸島に生まれます。

父親はオスマン帝国の兵士であり、政治家でした。

叔父はトルコの作家の「Cevat Şakir Kabaağaçlı:シェバット・シャキール・カバーガチ」さん、叔母には芸術家で、後に「ヒジャーズ王国」の王室に嫁いだ「Fahrelnissa Zeid:ファハルニッサ・ザイド」さん、彫刻家の「Aliye Berger:アリエ・ベルガー」さんと、芸術に縁のある家系で育ちます。

幼少の頃はピアノやバイオリンも学んでいました。

イスタンブールの「LycéeNotre Dame de Sion Istanbul」で学び、1929年にイスタンブール大学へ進学。哲学を学びます。

ですが、その頃はオスマン帝国も衰退し、家計の状況も悪くなっていました。そのため、大学を中退。

1930年に1度目の結婚、それはうまくいかず、2年ほどで離婚。

1935年に、2度目の結婚をしています。

2度目の結婚相手は、トルコの建国の父とも呼ばれる「ケマル・アタテュルク」さんの親友の一人。

アンカラへ移住し、高官たちのレセプションなどにも数多く参加するような生活を送ることになりました。

「ケマル・アタテュルク」さんの死亡後(1938年)、イスタンブールへ戻りますが、その後、1940年代に結核を患ってしまいます。

治療のために、スイスのクリニックに長期滞在しているときに、セラミックの陶芸(陶磁器)に興味を持ちました。

この時(1947年)から、彼女の芸術家としての人生が始まります。「37歳」という年齢からの挑戦でした。

資料を揃え、レッスンを受け、陶芸に傾倒していきます。

ほぼ、独学での挑戦だったようです。

1947年、スイスのローザンヌに工房を借りて制作を始めると、1950年にはパリへ移住、翌年の1951年には、パリで初のセラミック(陶磁器)の展示会を開催しました。

彼女の作品は、故郷であるアナトリアの古典的なデザインがモチーフになっていました。

これが、西洋と東洋の芸術の融合という評価を得ました。

その後、トルコに戻り、陶芸のスタジオを設立。

当時、陶芸のスタジオは珍しく、多くの芸術家や知識人たちの集まる場所となりました。

また、その時に、様々な芸術家から技術を学び、インスピレーションを受けています。

1957年には、メキシコを訪れ、マヤやアステカの芸術を取り入れます。

1960年以降は、抽象的なモチーフに目を向けるなど、その生涯で様々な挑戦を行いました。

芸術作品だけではなく、実際に生活で使用する実用的な、花瓶や皿、タイルなども制作しました。

世界的には、そんなに著名ではありませんが、トルコの現代陶芸を代表する芸術家の一人です。

ロゴデザイン

「フレーヤ・コラル」さんが陶器を制作する様子が描かれています。

背景は彼の生まれたイスタンブールの風景です。

「Google」の文字も見受けられます。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 トルコのGoogleサイト:Füreya Koral
 → https://www.google.com.tr

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「フレーヤ・コラル」です。

→ 他の国のロゴを表示させる方法

関連記事



© 2018 Google Inc. All rights reserved. Google および Google ロゴは Google Inc. の登録商標です。
スポンサーリンク

役に立ったらシェアをお願いします

スポンサーリンク