クルト・マズア 生誕91周年

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Googleロゴ

2018年7月18日

この日、「ドイツ」をはじめとして、いくつかの国で、Google検索のロゴが以下のものに変更されています。

91. Geburtstag von Kurt Masur

91-ы дзень нараджэння Курта Мазура

Kurt Masur’s 91st Birthday

クルト・マズア 生誕91周年

ロゴ大

ロゴ小

表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

「ドイツ」をはじめとして、いくつかの国で表示されています。

「クルト・マズア」さんって??

Kurt Masur:クルト・マズア

旧「東ドイツ」出身の世界的な指揮者です。

「ベルリンの壁」崩壊前の政府と市民の武力衝突回避にも尽力しました。

「1927年7月18日」に生まれて、「2015年12月19日」に逝去されています。

そのため、生誕91周年となります。

父親は電気屋であり、電気技師の息子として生まれます。

子供の頃から父親の店の手伝いをしていました。

10歳の時、姉の影響で、オルガン演奏に興味を持ち、教会でレッスンを受け始めました。

1942年、学生となり、ピアノとチェロを専攻していましたが、16歳の時、右手の小指が動かなくなる病気にかかってしまい、ピアニストへの道を閉ざされてしまいます。

さらに、1944年には、第二時世界大戦による徴兵で従軍。

戦後、「ライプツィヒ音楽院」で作曲や指揮法について学びました。

卒業後は、戦後復興されたばかりの「Opernhaus Halle:ハレ歌劇場」のリハーサル指揮者としてキャリアをスタートし、1955年には、「ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団」の指揮者となりました。

その後、メクレンブルク州立劇場の指揮者(1958〜1960)、ベルリン・コーミッシェ・オーパーの指揮者(1960〜1964)、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団(1967〜1972)と各オーケストラの指揮者を歴任していきます。

またゲスト指揮者として、世界各地のオーケーストラと共演を行いました。

1979年には、日本の「読売日本交響楽団」の名誉指揮者にも就任しました。

1989年、東ドイツでは民主化を求める市民のデモが相次ぐようになります。

その中で、彼は政府と市民が武力衝突という最悪の結果にならないように、双方に自制の働きかけを行いました。

彼を始めとする様々な人の働きかけもあり、大きな武力衝突などは起こらず「ベルリンの壁」が崩壊、ドイツは統一されることとなります。

彼の行動は評価され、後にドイツ政府から、生涯で計3度の「功労勲章」を与えられました。

統一に向けての「無血革命」の立役者の一人とされ、ドイツ国民にも愛される指揮者となりました。

ドイツ統一後は、ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督や、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者を務めるなど、さらに活動の場を広げていきました。

私生活では、3度の結婚歴があり、3番目の奥さんは、日本の声楽家の「桜井偕子」さんでした。

日本にも縁のある方です。

その生涯で各地のオーケストラと「名盤」と呼ばれる音源(録音)を数多く残しています。

ロゴデザイン

指揮をする「クルト・マズア」さんが描かれています。

「Google」の文字が指揮の軌跡のようなデザインになっています。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 ドイツのGoogleサイト:Kurt Masur
 → https://www.google.de

 ベラルーシのGoogleサイト:Курт Мазур
 → https://www.google.by

 アメリカのGoogleサイト:Kurt Masur
 → https://www.google.com

 日本のGoogleサイト:クルト・マズア
 → https://www.google.co.jp

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「クルト・マズア」です。

→ 他の国のロゴを表示させる方法

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