ロベルト・クレメンテを称えて

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Googleロゴ

2018年10月12日

この日、「プエルトリコ」、「アメリカ」でGoogle検索のロゴが以下のものに変更されています。

Celebrando a Roberto Clemente

Celebrating Roberto Clemente

ロゴ大

ロゴ小

表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

アメリカ合衆国

「ロベルト・クレメンテ」さんって??

Roberto Clemente Walker:ロベルト・クレメンテ・ウォーカー

プエルトリコ出身のプロ野球選手です。

「1934年8月18日」に生まれて、「1972年12月31日」に逝去されています。

プエルトリコカロリーナで兄弟の末っ子として生まれました。

家は貧しく、子供の頃から働いて家計を助けていました。

小さい頃から運動神経がよく、高校時代は陸上競技でも活躍しました。

1954年、高校卒業後にメジャーリーグの「ドジャース」と契約。

ポジションは外野手。

ですが、「ドジャース」では、メジャーリーグで活躍することはもとより、マイナーリーグでもあまり出場機会が得られませんでした。

その年に彼に才能を感じた「パイレーツ」へと移籍。

1955年にメジャーデビューしました。背番号は「21」

その年、124試合に出場。強肩を活かした守備で評価されます。

1956年には「打率.311」を記録。

その後も、「パイレーツ」の中心選手として活躍し、4度「首位打者」を獲得しました。

強肩の外野手として、12度の「ゴールドグラブ賞」も獲得しています。

ところが、「ドジャース」現役でプレーを続けていた1972年の年末、ニカラグアにて大地震が起こります。

彼は、自身が貧しかったこともあり、プエルトリコやラテンアメリカ諸国において慈善活動も積極的に行っていました。

その被害者たちのために、救援物資などを届けようと乗った飛行機が事故に遭い、死亡しました。

その死を悼み、死亡した翌年、1973年に「アメリカ野球殿堂」の表彰を受けました。

現在、メジャーリーグでは「ロベルト・クレメンテ賞」が設立されています。

これは、彼にちなんで、慈善活動を精力的に行っているメジャーリーグ選手に贈られます。

また、中南米(ヒスパニック系)選手の先駆け的存在でもあり、プエルトリコを始め、中南米出身の選手の憧れの選手の一人であり、彼のつけていた背番号「21」は人気の番号となっています。(彼の活躍したパイレーツの「21」番は永久欠番となっています。)

ロゴデザイン

「ロベルト・クレメンテ」さんがロゴデザインとなっています。

プエルトリコの国旗、及び、国土が背景になっています。

1971年、ワールドシリーズに出場した「パイレーツ」は、2連敗を喫します。

そして迎えた3戦目「1971年10月12日」に彼の活躍で勝利しました。

その年のワールドシリーズは「パイレーツ」が勝利し、彼はシリーズMVPに選ばれました。

この3戦目を記念してロゴが変更となっています。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 プエルトリコのGoogleサイト:Roberto Clemente
 → https://www.google.com.pr

 アメリカ合衆国のGoogleサイト:Roberto Clemente
 → https://www.google.com

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「メアリー・G・ロス」です。

→ 他の国のロゴを表示させる方法

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