ダグラス・ニコールズ 生誕112周年

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Googleロゴ

2018年12月9日

この日、「オーストラリア」、「ニュージーランド」でGoogle検索のロゴが以下のものに変更されています。

Sir Douglas Nicholls’ 112th Birthday

ロゴ大

ロゴ小

表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

オーストラリア、ニュージーランド

「ダグラス・ニコールズ」さんって??

Douglas Nicholls:ダグラス・ニコールズ

アボリジニのオーストラリア人です。

スポーツ選手、牧師、また政治家としても活躍しました。

「1906年12月9日」に生まれて、「1988年6月4日」に逝去されています。

そのため、生誕112周年になります。

ニューサウスウェールズ州のアボリジニの保護区であった「カミュラグンジャ(Cummeragunja)」で生まれました。

1869年から1969年にかけての約100年間、オーストラリアは「白豪主義」により、アボリジニの親権は否定され、子供たちは強制収容所や孤児院などの施設に送られていた歴史があります。

そんな中でも、彼は活発な少年時代を過ごしました。

1927年から、「オーストラリアンフットボール」の選手となります。

当初は、初のアボリジニ出身選手ということで、チームメイトやトレーナーから差別を受けたようですが、それに耐え、活躍し名を馳せました。

彼がアボリジニの先駆者として活躍したことで、「オーストラリアンフットボール」には、たくさんのアボリジニの名選手が生まれるようになりました。

1938年、膝の怪我により選手を引退。

1942年には第二次世界大戦への徴兵を受け、従軍。

彼はブーメランの名手でもあり、その技術をアメリカ軍に教えたそうです。

その後は、アボリジニの教会の牧師となり、フィッツロイのアボリジニのまとめ役を行うようになりました。

1957年、オーストラリアで最初のアボリジニの組織であると言われている「Aborigines Advancement League」に参加。

アボリジニの人権や福祉の問題、文化の保護活動などに関わりました。

彼の活動などにより、1967年にアボリジニの市民権がようやく認められ、正式にオーストラリア国民とみなされました。

その活動により、1972年に英国よりアボリジニとして初めて「Knight Bachelor」の称号を受けています。(後の1977年には「Knight Commander」の称号を受けています。)

1976年には、南オーストラリアの州知事を務めました。

健康状態の都合で、翌年1977年に150日程度の期間で辞任しましたが、原住民出身者の初めての州知事となりました。

ロゴデザイン

「ダグラス・ニコールズ」さんが描かれています。

「オーストラリアンフットボール」のボールも描かれています。

「Google」の文字も見受けられます。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 オーストラリアのGoogleサイト:Sir Douglas Nicholls
 → https://www.google.com.au

 ニュージーランドのGoogleサイト:Sir Douglas Nicholls
 → https://www.google.co.nz

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「ダグラス・ニコールズ」です。

→ 他の国のロゴを表示させる方法

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