クラリッセ・リスペクトール 生誕98周年

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Googleロゴ

2018年12月10日

この日、「ブラジル」をはじめとして、様々な国で、Google検索のロゴが以下のものに変更されています。

98° Aniversário de Clarice Lispector

98º aniversario del nacimiento de Clarice Lispector

クラリッセ ・リスペクトール 生誕98周年

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表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

「ブラジル」をはじめとして、様々な国で表示されています。

「クラリッセ・リスペクトール」さんって??

Clarice Lispector:クラリッセ・リスペクトール

ブラジルの作家です。

小説、短編、児童文学など様々な作品を残しました。

「1920年12月10日」に生まれて、「1977年12月9日」に逝去されています。

そのため、生誕98周年となります。

ウクライナ西部のポジーリャに生まれます。

出生児の名前は「Chaya Lispector:ハヤ・リスペクトール」

両親はともにユダヤ人であり、ロシア革命後の混乱した時代(ロシア内戦時代)に、ユダヤ人に対し行なわれた集団的迫害行為(Pogrom:ポグロム)に苦しみ、家族で、ポーランドへと移住をします。

その後、母親の親戚を頼ってブラジルへと移住しました。

まだ彼女が1歳だった1922年にブラジルへと到着しました。

その際に名前を「ハヤ」「クラリッセ」へと変更しました。

ブラジルで使われていたポルトガル語を始め、英語、ヘブライ語を学び、レフシェにある高校「Ginásio Pernambucano」へと進学。

そこで、「ヘルマン・ヘッセ」さんの作品「荒野のおおかみ」に出会い、大きな影響を受け、作家に興味を持ち始めます。

1935年、家族はリオデジャネイロへ移住。

そこで大学に通い、法を学びました。

大学在学中にジャーナリストとして活動を始め、日刊紙等に寄稿し始めました。

彼女の最初の物語は、1940年5月25日に雑誌に掲載された「Triunfo」だとされています。

その後、1943年にブラジルへ帰化、市民権を与えられ、大学の同窓生だった「外交官」と結婚しました。

結婚後の1943年12月、彼女は最初の小説「Perto docoraçãoselvagem(Near to the Wild Heart)」を出版します。

「Joana:ジョアナ」という名の若い女性の内面を描いた小説は、大きな反響を呼び、「グラッサ・ アラニャ賞」を受賞しています。

多くの作家や評論家からも評価されました。

小説を出版した翌年、1944年に外交官だった夫の仕事で、ブラジル北部のベレンへと移動。

時代は第二次世界大戦中であり、ブラジル軍の連絡役として働きました。

同年(1944年)、すぐにイタリア(ナポリ)のブラジル大使館に行くこととなり、そこでは、ブラジル遠征軍の軍病院で働きました。

イタリアでは、画家の「ジョルジョ・デ・キリコ」さんや詩人の「ジュゼッペ・ウンガレッテ」さんと出会い、親交を深めました。

1946年に、イタリアで2作目の小説「O Lustre(The Chandelier)」を発表しました。

その後も、外交官の夫の仕事で「スイス」、「イギリス」、「アメリカ」と世界各地を訪れます。

世界各国を訪れている間に子供も2人生まれ、1959年に、夫について行くことをやめ、子供と一緒にリオデジャネイロ(ブラジル)で暮らすことを選択します。

リオデジャネイロに定住を決め、作家に専念していたときに事故が起こります。

1966年、アパートで睡眠薬を飲んで寝ている時に、自身のタバコの不始末よる火事で右手に大火傷を負ってしまいます。

右手の機能が一部失われ、失意に襲われますが、立ち直り、様々な作品を生み出しました。

1967年には初の児童文学「O Mistério do Coelho Pensante(The Mystery of the Thinking Rabbit)」を発表。

また、同時期から「オスカー・ワイルド」、「エドガー・アラン・ポー」、「アガサ・クリスティ」などの作家のポルトガル語への翻訳活動も行うようになりました。

彼女の代表作は、以下のようなものです。

Perto docoraçãoselvagem(Near to the Wild Heart):1943
O Lustre(The Chandelier):1946
Laços de família(Family Ties):1960
A Paixão segundo G.H.(The Passion According to G.H.):1964
A hora da Estrela(The Hour of the Star):1977
Um Sopro de Vida(A Breath of Life):1978

1977年、卵巣癌にて逝去しています。

彼女の9歳年長の姉「Elisa Lispector:エリサ・リスペクトール」さんも作家であり、自伝を残しています。その作品から、彼女のことを伺い知ることもできます。

関連する過去のロゴ

過去に、他のブラジルの作家もロゴとして取り上げられました。

1915年にブラジルで発生した大規模な干ばつを舞台にした小説「O Quinze」で知られる「ラケル・デ・ケイロス」さん。

「エイズ」や「ドラッグ」、「同性愛」等、世間を反映した作品を残した「カイオ・フェルナンド・アブル」さん。

よろしければ、合わせてご確認ください。

 ラケル デ ケイロス 生誕107周年 (2017年11月17日)

 カイオ・フェルナンド・アブル 生誕70周年 (2018年9月12日)

ロゴデザイン

「クラリッセ・リスペクトール」さんがロゴに描かれています。

「外交官」の妻として、世界各国を訪れたことから、様々なものが描かれ、それが「Google」の文字を形作っています。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 ブラジルのGoogleサイト:Clarice Lispector
 → https://www.google.com.br

 ポルトガルのGoogleサイト:Clarice Lispector
 → https://www.google.pt

 コロンビアのGoogleサイト:Clarice Lispector
 → https://www.google.com.co

 日本のGoogleサイト:クラリッセ ・リスペクトール
 → https://www.google.co.jp

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「クラリッセ ・リスペクトール」です。

→ 他の国のロゴを表示させる方法

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