羅ケイ錫 生誕123周年

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Googleロゴ

2019年4月28日

この日、「大韓民国」でGoogle検索のロゴが以下のものに変更されています。

나혜석 생일 123주년 기념

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表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

大韓民国

「羅ケイ錫」さんって??

羅蕙錫:나혜석

大韓民国の画家、作家、女性活動家です。

「1896年4月28日」に生まれて、「1948年12月10日」に逝去されています。

そのため、生誕123周年になります。

裕福な家庭に生まれ、幼い頃から記憶力が良く、また絵を描くことに長けていました。

当時、女性が学校に通うことは珍しく、彼女は成績も優秀で、また、秀麗な容姿で新聞にも取り上げられました。

この頃、韓国は日本の統治下に入ります。

高校卒業後、日本へと留学、女子美術専門学校で西洋画を学びます。

1918年に帰国し、韓国女性で初の画家として活動し始めます。

日本からの独立運動「三・一運動」にも参加し、逮捕もされました。

1920年、10歳以上も年上で、結婚歴のある弁護士の男性と結婚。

その際には、結婚しても絵を続けること、また、義母とは別に暮らすことなどの、当時の女性としては珍しい条件を提示しました。

1921年には、韓国女性で初めて個展を行い、大成功を収めました。

夫とヨーロッパを旅行した際には、その旅行記と絵を雑誌に連載。

その後、西洋画だけではなく、版画、デッサン、彫刻、本の挿絵やヌード画など、様々な絵に挑戦。

更に、詩や小説、雑誌などのコラムなども書きました。

1931年の作品「정원:庭園」は、帝国美術展覧会(現・日展)で入選し、日本でも認められる芸術家となりました。

この頃、離婚。それに伴い、経済的に厳しくなっていきます。

当時、離婚した女性への社会の風当たりは強いものでした。

彼女も、芸術家としての名声がありながらも、社会的には厳しい目が向けられました。

それを改善すべく、女性の権利主張の活動を行いました。

ところが、この活動は社会に受け入れられず、好調だった画家の活動にも陰りが出てきます。

新たな画家の台頭もあり、個展を行なっても注目されず、ますます経済的に厳しくなっていきました。

1940年代頃には、放浪生活のような状況に陥り、1948年の死亡時には、持ち物が1つもない状態で身元不明者として病死したとされています。

彼女が生前残した美術作品は800点以上と言われていますが、朝鮮戦争で多くが失われており、現在では、10分の1程度の作品が残るのみとなっています。

1970年代になると、女性の人権や男女平等の運動が起こり、彼女の再評価が行われました。

それに伴い、美術作品の再評価も行われました。

現在では、韓国の近代芸術家、そして、女性活動家として評価されています。

ロゴデザイン

絵を描く「羅蕙錫」さんがロゴに描かれています。

「Google」の文字も見受けられます。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 大韓民国のGoogleサイト:나혜석
 → https://www.google.co.kr

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「羅ケイ錫」です。

→ 他の国のロゴを表示させる方法

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