セミハ・ベルクソイ 生誕109周年

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Googleロゴ

2019年5月24日

この日、「トルコ」でGoogle検索のロゴが以下のものに変更されています。

Semiha Berksoy’un 109. Yaş Günü

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表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

トルコ

「セミハ・ベルクソイ」さんって??

Semiha Berksoy:セミハ・ベルクソイ

トルコのオペラ歌手です。

トルコのオペラ界の発展に大きく貢献しました。

画家としても作品を残しています。

「1910年」に生まれて、「2004年8月15日」に逝去されています。
(正式な生年月日については、不明なようです。)

トルコのイスタンブールのイスラム教徒の家庭に生まれます。

父親は詩人であり、母親は画家でした。

イスタンブールの音楽院で音楽と視覚芸術を学びます。

1931年、トルコの最初のサウンド映画である「İstanbul Sokaklarında」へと出演。

その後、イスタンブールの劇場でオペレッタへの出演を始めます。

1934年、トルコ人作曲家の「アフメト・アドナン・サイグン」さんによる、トルコ初のオペラである「Özsoy:オズソイ」が上演された際にはオリジナルメンバーとして出演。

その歌唱力が認められ、ドイツのベルリンの芸術アカデミーへと留学。

ヨーロッパ各地でオペラ歌手として活躍しました。

特に、1939年の「リヒャルト・シュトラウス」さんの75歳の記念に行われた「ナクソス島のアリアドネ」の公演ではトルコ人として初めて(イスラム教徒としても初めて)ヨーロッパでプリマドンナを演じ、大きな評価を受けました。

同年、ベルリンの芸術アカデミーを卒業。

トルコに戻った後は、歌手として活動しながら、演出家、舞台監督の「カール・エバート」さんと共に、トルコ国立歌劇場とバレエ団の結成に尽力。

1960年代頃からは、絵画活動も行い、様々な展覧会に出展も行いました。

残した作品は、そんなに多くはありませんが、近年、その絵が評価がされており、各地で展覧会が行われています。(自画像を多く残しています。)

1998年には、生涯の功績を称えられ、トルコ政府により「Devlet Sanatçısı(国家芸術家)」の称号が与えられました。

関連する過去のロゴ

過去に、トルコの「Devlet Sanatçısı(国家芸術家)」を授与された、歌手の「ゼキ・ミュレン」さんもロゴとして取り上げられました。

よろしければ、合わせてご確認ください。

 ゼキ・ミュレン 生誕87周年 (2018年12月6日)

ロゴデザイン

「セミハ・ベルクソイ」さんがロゴに描かれています。

独特なファッションやメイクも彼女の特徴であり、特にシンプルなデザインを好んだそうです。

「Google」の文字も見受けられます。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 トルコのGoogleサイト:Semiha Berksoy
 → https://www.google.com.tr

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「セミハ・ベルクソイ」です。

→ 他の国のロゴを表示させる方法

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