スディルマン・アーシャド 生誕65周年

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Googleロゴ

2019年5月25日

この日、「マレーシア」でGoogle検索のロゴが以下のものに変更されています。

Sudirman Arshad’s 65th Birthday

ロゴ大

ロゴ小

表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

マレーシア

「スディルマン・アーシャド」さんって??

Sudirman Arshad:スディルマン・アーシャド

マレーシアの歌手です。

「1954年5月25日」に生まれて、「1992年2月22日」に逝去されています。

そのため、生誕65周年になります。

マレーシア、パハン州テメルローに生まれます。

「スディルマン」という名は、インドネシア独立戦争時の最高司令官を務めたインドネシアの英雄「スディルマン」さんからとって名付けられました。

子供の頃から歌うことが好きな少年でした。

マラヤ大学へ進学し、法律を学びます。

法律を学んでいた1976年、マラッカで開催されたラジオ局開催の歌のコンテストに出場し優勝。

その後も、多数のコンテストに出場し、彼の歌が知られるようになります。

大学卒業後は、法律事務所で働きながら歌手活動を行っていましたが、次第に歌手として人気となっていきます。

リリースしたアルバムが軒並みヒット。

1970年代後半から1980年代にかけて、マレーシアを象徴する歌手となりました。

マレーシアだけでなく、近隣のシンガポール、ブルネイ、インドネシアでも人気となり、各地でコンサートを行いました。

「歌う弁護士」、「マレーシアのエルヴィス」等と称されました。

歌手だけでなく、映画やテレビへの出演、また、雑誌にコラムを書く等、マルチに活躍を行います。

慈善事業にも積極的に参加していました。

1989年にロンドンで開催された「Asian Music Awards」では、「Asia’s Best Performer:ベストパフォーマー」に選出されています。

マレーシアの観光大使にも選ばれ、他の国に向け、各国の言語で歌を歌い、活動を行いました。

そんな人気絶頂中の1991年の公演中に倒れ、肺炎が元で翌年(1992年)、37歳の若さで亡くなりました。

彼の死後、故郷のテメルローでは、彼の名を冠した「スディルマン通り」が設けられました。

マレーシアでは、現在でも人気があり、「マレーシア音楽の父」と称されている「P・ラムリー」さんと共に高く評価されています。

関連する過去のロゴ

過去に、「マレーシア音楽の父」と称されている「P・ラムリー」」さんもロゴとして取り上げられました。

よろしければ、合わせてご確認ください。

 P. ラムリー 生誕88周年 (2017年3月22日)

ロゴデザイン

「スディルマン・アーシャド」さんが歌う様子がロゴに描かれています。

ネオンサインが「Google」の文字になっています。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 マレーシアのGoogleサイト:Sudirman Arshad
 → https://www.google.com.my

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「スディルマン・アーシャド」です。

→ 他の国のロゴを表示させる方法

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