2015年 フィリピン独立記念日

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2015年6月12日

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フィリピン

独立記念日

フィリピンの独立記念日は6月12日です。

1898年6月12日に初代大統領となる「エミリオ・アギナルド」さんが独立宣言を行っています。

その日が由来になっています。

実はフィリピンですが、3回も独立を経験している国なんです。

1回目はスペインから。

16世紀以降、フィリピンはスペインの植民地でした。

そんな中で、独立運動が活発化し、1898年6月12日に独立宣言を行い「独裁政権」が樹立します。

その後「独裁政権」→「革命政府」として整備されていき、8月13日には、ついにスペイン軍の植民地支配の中心地であったマニラを占領し降伏させます。

こうして、翌年1899年1月21日に「フィリピン第一共和国」が誕生します。

この「フィリピン第一共和国」の誕生には、裏でアメリカが多大な援助を行っていました。

というのも、当時の時代背景として「アメリカ」と「スペイン」は戦争を行っていました。(米西戦争)

少しでも「スペイン」の勢力を弱めようと、「フィリピン」の独立運動に手を貸していた訳です。

でも、援助の裏には「スペインとの戦争に勝ったあかつきには、アメリカがフィリピンを自国の植民地にする」という目的がありました。

米西戦争の結果、「アメリカ」は「スペイン」に勝利し、パリ条約を調印します。(1898年12月10日)

その条約の中に以下の内容がありました。

「スペイン領有のフィリピン群島をアメリカへ割譲」
「フィリピン割譲に対して、アメリカがスペインに2000万ドルを支払う」

つまり、この条約は、支配者が「スペイン」→「アメリカ」に変わるという内容でした。

独立したと思っていた「フィリピン第一共和国」ですが、この条約の内容を受け、案の定、必然的にアメリカと戦争となってしまいます。

結果、「フィリピン第一共和国」は負けてしまいます。

せっかく誕生した「フィリピン第一共和国」ですが、1901年にフィリピンはアメリカの植民地となります。

2回目の独立は日本が大きく絡んできます。

第2次世界大戦時、1941年12月に日本軍がフィリピンに上陸します。そして勝ち進み、1942年2月にはフィリピン全土を占領します。

日本は1943年10月14日にフィリピンを「フィリピン第二共和国」として独立させます。

独立といっても、内容は日本の傀儡政権でしたので、今度は反日運動等が激化します。

その後、1945年、日本の敗戦により、再びフィリピンはアメリカの植民地に戻ってしまいます。

3回目の独立は、1946年7月4日のことです。

時代はさかのぼりますが、1934年3月24日にアメリカ議会は10年後にフィリピンの完全独立を認めることを法律で定めていました。

その間の日本の占領により、法律が無かった事になるかと思われましたが、再度アメリカの植民地に戻ったため、この法律が施行され、3回目の独立を果たしています。

このように「3回」の独立を経験したフィリピンですが、1回目の独立の際の「独立宣言の日」を「独立記念日」と定めています。

ロゴデザイン

ロゴデザインはフィリピンの国旗をモチーフにしています。

フィリピンの国旗の色は、白が「平等、友愛」、青が「平和、真実、正義」、赤が「勇気、愛国心」を象徴し、黄色い太陽は「自由」を意味しているとのこと。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

フィリピンのGoogleサイト「Philippines National Day」
 → https://www.google.com.ph

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「フィリピン ナショナルデー」です。

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